【18】19世紀末のオーストリア文化

まみこ
まみこ

今まではオーストリア=ハンガリー二重帝国になってからの周辺国との関係を説明していたけれど、今回からは国内の様子を見ていくよ。

かりこ
かりこ

オーストリアの首都ウィーンは音楽と芸術の都っていうイメージだわ。

一体19世紀末はどんな国の様子だったのかしら?早速マンガを見て見よっと♪

かりこ
かりこ

ウィーン万博からの大暴落ってすごいわね。

しかも5月1日に万博開催して9日に大暴落!!

約1週間で天国から地獄へ落ちた感じよね…。

ちょっとこれには驚きだわ

まみこ
まみこ

偽りのバブル景気はウィーン万博開催までは保ててたんだけれど、開催直後にバブルがはじけたんだ。

オリンピックのような大きなイベントが起きる前までは期待感などで好景気だけど、お祭り騒ぎが終わった後に不景気の波がやってくるようなものだね。

ウィーン証券取引所の崩壊をきっかけに世界中に1873年恐慌という形でつぎつぎと連鎖して世界恐慌となっていったんだ。

かりこ
かりこ

なるほど…。そしてその矛先がユダヤ人だったってことなのね。

まみこ
まみこ

誰かのせいにしたいという心理的な気持ちも分かるけれどね。

多民族共生を目指していたハプスブルク家なのに民衆はこのように反ユダヤ主義を唱える人が増えてきて大変なことになったんだ。

多民族共生かそれとも反ユダヤが勝つのか!?

次回もお楽しみに!