【19】反ユダヤ主義のオーストリア時代

まみこ
まみこ

ウィーン証券取引所が崩壊してからというもの、世界中不況の波が押し寄せてきたんだ。

 

歴史を振り返ると、世の中の不満は誰かのせいにしたくなるんだよね。過去に魔女狩りといって上手くいかないことを魔女のせいにして無実の人が処刑されたこともあるからね。

かりこ
かりこ

歴史は繰り返されるというか、人間の心理として誰かのせいにしたくなる気持ちっていうのは誰もが持っているものなのよね。

まみこ
まみこ

そういうこと。オーストリアでもこの不況の原因は全部ユダヤ人のせい。という反ユダヤ主義の動きが起きてきたんだ。

かりこ
かりこ

オーストリアではフランツヨーゼフ1世のおかげでなんとか落ち着いたものの、これがヒトラーのドイツ第三帝国の思想につながっていたなんて…。

 

ヒトラーがウィーンに留学していなかったら、ユダヤ人のあの悲劇は起きなかったのかな・・・。

まみこ
まみこ

歴史を見ていくと、何故この人がこのような考えになったのかという理由があったりするんだよ。

ヒトラーもこの時オーストリアにいなかったら、歴史が変わっていたのかもね。

 

今回ウィーンの文化に注目していったのは、ヒトラーの反ユダヤ主義がオーストリアで生まれたということを伝えたかったんだ。

さて、次回はヨーロッパの火薬庫であるバルカン半島の話にまた戻るよ。お楽しみにね。